名古屋地方裁判所 昭和41年(行ウ)31号 判決 1969年3月18日
名古屋市守山区小幡字米野九四番地
原告
中村規次
右訴訟代理人弁護士
武藤鹿三
同
長谷川弘
同市西区北押切町二二番地
被告
名古屋西税務署長
吉田道弘
右指定代理人
東隆一
飛沢隆志
加藤元人
浜島正雄
山下武
井原光雄
右当事者間の課税処分無効確認請求事件につき、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、申立
(原告の求める裁判)
被告が昭和三八年四月二〇日付でなした原告の昭和三六年分所得税の譲渡所得課税金額を八五五万五六〇〇円と更正した処分(当初譲渡所得金額一、〇七三万五六〇〇円であつたところ、昭和四〇年八月九日名古屋国税局長の裁決により一部取消されたもの)のうち、四二七万五六〇〇円をこえる部分は無効であることを確認する。
訴訟費用は被告の負担とする。
との判決
(被告の求める裁判)
主文同旨の判決
第二、主張
(請求原因)
一、原告は、昭和三六年一〇月一日ごろ、訴外山内忠雄に対し、原告所有の名古屋市西区康生通三丁目五番地宅地六三一・四〇平方メートル(一九一坪)(以下「本件土地」という。)を一、〇〇〇万円で売却し、同月二〇日所有権移転登記をなした。
二、そこで原告は被告に対し、昭和三六年分の所得につき、譲渡所得課税金額を四二七万五六〇〇円(本件土地の譲渡価格は一、〇〇〇万円)として確定申告をなしたところ、被告は昭和三八年四月二〇日、右課税金額を一、〇七三万五六〇〇円(本件土地の譲渡価格は二二九二万円)とする更正処分をなしたが、昭和四〇年八月九日、名古屋国税局長の審査請求手続における裁決により右課税金額は八五五万五六〇〇円(本件土地の譲渡価格は一八〇〇万円)に減額された。
三、然るに被告の右更正処分(以下「本件処分」という。)には次のような重大かつ明白な瑕疵があるから無効である。すなわち、およそ課税対象が特定の物件の譲渡の場合、被告の調査によつて直ちに譲渡価格が確定しうるのであるから、被告には職務上当然に右譲渡価格を調査する義務が存し、右義務の懈怠による認定の過誤はこれにもとづく課税処分に重大かつ明白な瑕疵を生ぜしめるところ、被告は、本件土地が原告から訴外山内に一、〇〇〇万円で譲渡された事実を無視し、本件土地が日を接して訴外山内から二、〇〇〇万円で転売されたことから直ちに原告の本件土地譲渡価格を一、八〇〇万円と認定して本件処分をなしたもので、本件土地の譲渡価格を認定するにつき被告に調査の粗漏(調査義務懈怠)があつたというべきであり、従つて右に基づいてなされた本件処分は無効である。
四、よつて被告の本件処分中本件土地の譲渡価格を一、〇〇〇万円とした原告の確定申告額をこえる部分につき無効確認を求める。
(被告の認否および主張)
一、請求原因事実のうち、原告が本件土地を訴外山内に売却したこと(但し契約の日時、金額を除く。)昭和三六年一〇月二〇日所有権移転登記をなしたこと、原告がその主張の如き解定申告をなし、被告が原告主張の更正処分をなし、名古屋国税局長の裁決により原告主張の如く減額されたことは認めるが、その余の事実は争う。
二、被告には本件土地の譲渡価格を認定するにつき何らの調査義務懈怠はない。すなわち、本件土地は昭和三六年九月ごろ訴外宮崎不動産の店頭の掲示により坪当り一二万円(本件土地は一九一坪であるからその価格は二、二九二万円)で売りに出されていたのみならず、原告が本件土地を訴外山内に売却した際作成したという契約書に記載された日付(昭和三六年一〇月一九日)より以前に、本件土地が訴外山内より訴外東洋運搬機株式会社に二、一〇〇万円以上で転売された事実が被告の調査により判明したので、被告は時価二、一〇〇万円の本件土地を原告がその半額以下で売却したとは到底措信することができず、原告をはじめとして関係人に対し種々調査をしたが充分な協力がえられなかつた。そこで原告の本件土地の譲渡代金の使途について調査したところ、原告は少くとも本件土地譲渡により一、八〇〇万円を下らない金銭を取得したことが認められたので被告は本件土地の時価および右使途より勘案して、本件土地の譲渡価格を一、八〇〇万円と認定したのであり、被告が本件土地の譲渡価格を認定するにつき、その調査は充分行なわれたこと右の如くであるから、原被告主張のような重大かつ明白な瑕疵はない。
三、仮に被告に調査義務懈怠があつたとしても元来瑕疵が重大かつ明白であるとは処分成立の当初から誤認であることが外形上客観的に重大かつ明白である場合をいうのであるから、かかる被告の調査義務懈怠は処分に外形上客観的に明白な瑕疵があるかの判定に直接関係を有するものではなくこれをもつて本件処分に重大かつ明白な瑕疵があるとはいえない。
(証拠)
原告訴訟代理人は甲第一号証を提出し、証人菅尾茂一郎、同中村平、同宮崎文一の各証言並びに原告本人尋問の結果を援用し、乙第二号証の成立は認めるが、その余の乙号証の成立は不知(乙第三号証については、その原本の存在も)と述べた。
被告は乙第一ないし第三号証を提出し、証人曾根己午夫、同荻野敏男の各証言を援用し、甲号証の成立を認めると述べた。
理由
一、原告が本件土地を訴外山内に売却したこと(但し金額、日時を除く)昭和三六年一〇月二〇日所有権移転登記をなしたこと、原告が被告に対し原告主張の如き確定申告をなしたこと、被告が原告主張の如き更正処分をなし、名古屋国税局長の裁決により原告主張の如く減額されたことは当事者間に争いがない。
二、そこで、本件処分のなされた経緯について審案するに、証人曾根己午夫の証言により成立を認め得る乙第一号証、証人荻野敏男の証言により成立を認め得る同第三号証、証人曾根己午夫、同荻野敏男の各証言に右争いのない事実を綜合すれば、被告税務署長は原告から昭和三六年分所得につき前記のごとき確定申告書の提出があつたので、担当係官をして本件土地の譲渡価格を調査せしめたところ、昭和三六年九月二九日頃訴外宮崎不動産の店頭掲示により本件土地が坪当り一二万円(一九一坪で二二九二万円)で売りに出されていたことが判明したので、原告の申告を不当として本件土地の譲渡価額を二、二九二万円であると認め、前記更正処分をなしたこと、原告は右更正処分に対し異議申立をなし、右異議の手続において調査の結果、本件土地は訴外日通不動産の仲介で訴外東洋運搬機株式会社が二、一〇三万七五〇〇円で買取つていることが発見されたが、契約書上原告から本件土地を買受け右東洋運搬機に転売したことになつている訴外山内の所在が不明であつたため、異議申立に対する決定においては本件土地が原告から直接右東洋運搬機に譲渡されたものと認定され、譲渡価格のみが二一〇〇万円に減額されたこと、これに対し原告がさらに名古屋国税局長に対し審査請求をなし、同手続において原告が本件土地を譲渡した相手方が山内であることおよびその譲渡価格が一、八〇〇万円であることが認定され前記更正処分の一部取消がなされたこと、が認められる。右認定に反する証人宮崎文一の証言は前掲各証拠に対比し措信できず、他に右認定を動かすに足る証拠はない。
三、原告は、本件土地を訴外山内に一、〇〇〇万円で売却した旨主張し、成立に争いない乙第二号証、証人菅尾茂一郎の証言、原告本人尋問の結果中には右主張に符合する記載、供述が存する。しかしながら、右記載、供述は、(1)前段認定のごとく、本件土地が昭和三六年九月二九日頃宮崎不動産の店頭において坪当り一二万円で売りに出されており、右売却委託は当時の本件土地所有者なる原告の意思に出たものと認められるから原告としては本件土地が坪当り一二万円程度の価値を有することを当然知つていたものと推認されること、(2)原告が訴外山内との間の本件土地売買契約書として提出した乙第二号証にはその作成日付が昭和三六年一〇月一九日なる旨記載されているが、一方山内の東洋運搬機との間の売買契約書である乙第三号証の作成日付は同年同月一三日であるから、右乙第二号証が原告と訴外山内との間の本件土地取引について作成された真実の契約書であるか否か疑わしいこと等の各点に照らしにわかに信を措き得ないものがある。
四、被告税務署長(および審査請求における名古屋国税局長)の判断も当裁判所とその軌を一にし、原告の主張およびその提出する資料は措信できないとし、しかも他に憑拠すべき資料の存在せざるところから、前記店頭掲示における売却価格および東洋運搬機の買受価格から本件土地の時価を二、〇〇〇万円と把握して、これより山内の転売利益二〇〇万円を控除した一、八〇〇万円をもつて原告の譲渡代金と認定したものである。(証人菅尾および同宮崎の各証言中には本件土地の坪当り価格が五万円程度である旨の部分が存するが右証言部分は採用できない。)被告の右認定の過程は一応合理的であつて、何人にも一見して指適し得る程度の明白なる過誤は存しないものというべきである。
五、以上説示のとおりであるから、本件処分については、少くとも原告主張のごとき明白なる瑕疵の存在の証明がないものというべく、本件処分は無効とはいえないから、本訴請求は失当として排斥を免れない。よつて、訴外費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 宮本聖司 裁判官 横山義夫 裁判官 将積良子)